穢れし者ども

PC090096P1090116 こんな事態に陥るとはだれが予測できただろう。事の発端は伯父の死により、クラウチエンドの邸宅を相続することになったということだった。伯父は神秘主義にのめりこんだ揚句、財産を食いつぶし、残したのは、この屋敷だけだった。唯一の肉親である僕ハワード=フォックスワースは、弁護士より連絡を受け、この場所にやってきた。今にして思えば、最初にこの屋敷を見た時から、気味の悪い感じはあったのだ。何かこう・・・質の悪いガラスを通して眺めているような・・・・その感じは屋敷の中に入るとますます強くなった。近所に部屋を借り、遺品の整理のために、ここに日参しているうちに不快感は次第に遠のいていった。伯父の書斎は、高価な古書の宝庫だった。しかし、それより目を引いたのは、デスクの上の気味の悪い彫像だった。蹄のある足が3本、その上に蔓が大木に絡んだような不快な体躯が載っている。如何なる民族の意匠か、皆目見当もつかない代物だった。ただ、非常に古いものであるような気がした。Shub-Niggurath (黒き仔山羊の母)と台座にはある。その時だった、頬につめたい風を感じたのは。いずこからの風か?ここは閉ざした書斎の中。付近を探るうち書棚の境目が少しずれており、風はそこから吹いていることが知れた。幽かに腐敗臭がする。どうやら奥に隠し部屋があるようだ。書棚は押すと簡単に開いた。そこには部屋はなかった。あったのは果てしなく闇へと続く階段だった。 階段の入口の小さな踊り場に机があり、カンテラと一冊の書物が置かれていた。書物はどうやら日記のようだった。その日は引上げ、部屋で伯父の日記を読んだのだった。伯父は、完全に発狂していたのではないか?それは、日記の形をした魔道の書。神への不敬と冒涜に満ちたものだった。唾棄すべき異形の神について、また接触の方法などを記していた。この地に邸宅を定めたのもここが刑場として太古から使用され、土地が穢れていることが理由とのことだ。またクラウチエンドそのものが異形の神の住まう「深淵」とやらに接しているそうだ。あの階段の20段目より下は伯父の作ったものではなく、なんと800年前の遺物だそうだ。その先には太古の祭祀場があるのだという。階段を降り切ったところで、「インア・ムグ・シュブ=ニングラ・ロンジア」と唱えると、伯父の云う世界が開かれるらしい。「しかし注意せよ。門の神(穢れし者ども)への供物をわするなかれ。供物は」で日記がインクのにじみで読めなくなった。全くもってばかばかしい。しかし門の神とやらには興味を引かれた。おおかた書斎で見た異形のようなものだろう。翌日、すなわち今日、僕は、カンテラと補充の油、水、パン、とりあえず供物として市場で求めたラム肉を3ポンドほどを持ち、階段を降りたのだった。自分の足音だけがカツカツと響く。寒い。どれほど下っただろうか・・・時計はなぜか時間が止まってしまっている。言いようのない漠然とした恐怖が募ってきた。引き返せばよかったのだ。しかし、心とは裏腹に僕は引き返すことができなかった。地下のひどい寒さと、降りるにしたがって強くなる黴臭い悪臭にも関わらず、汗をかき熱に浮かされたように、ひたすら降りたのだった。やがて、その階段も終わるときが来た。そこは立方体の形状をした広間だった。何もない。門の神の像もない。とりあえず僕はその中央に立ち、日記を取り出して、そして唱えた・・・・インア・ムグ・シュブ=ニングラ・ロンジア。すると、どのような仕組か、階段の入口の下の板状の岩がせり上がり退路が断たれてしまった。同時に正面の壁が上にスライドし、先の道が現れた。生芥と黴、腐敗した肉が合わさったような壮絶な悪臭が風に乗って届いた。咳き込み涙があふれる。しかしもう先に行くしかなかった。何故なら、先ほどの呪文をもう一度唱えても何も起こらなかったからだ。落ち着こうと水を飲み、一息ついた時だった。ジュボ、ジュボと薄気味悪い音が行く手の通路よりかすかに聞こえてきた。まるで水をたっぷり含んだ靴でよろめき、歩いているような音だった。「門の神」僕は、思わず呟いた。彫像ではないのだ。この光の届かぬ暗闇の底で息づいている者なのだ。しかも間違いなく尋常ならざる不快な者の接近。音はだんだん大きくなり、それは確実にこちらに向かってきていた。恐怖で喉がカラカラになった。震える手でリュックを下し、ラム肉を取り出した。音はもうすぐそこまで来ていた。更に悲しげな多数のつぶやきが聞こえてきはじめ、遂にそれは姿を現した。はじめて見るもの、そして二度と見たくないもの、・・・・真っ黒なねじくれた体躯で目も鼻も耳もない異形の者どもが数体・・・門の神「穢れし者ども」だ。よろよろと無様に歩き、こちらに向かってくる。叫びたかったが、喉が張り付き声が出ない。とっさに奴らの足元に肉を投げ出した。一体が肉に気が付き、涎を垂らし、猛然と食べ始めた。すると他の者たちがそれを奪おうと争いが始まったのだ。しかし、肉はすぐになくなってしまった。明らかに供物が足りなかったのだ。穢れし者どもは、供物の少なさにひどく失望し、怒っているようだ。そして、またよろよろと、こちらに向かって歩みを進めてきた。・・・・・・・・・・・ああ神様・・・本当に、本当に来なければ良かった。・・・・