ゴブリン②・・・禁忌の森の女王 

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霧が深くなった。「困ったな。これでは、先に進むことができぬ。」オルゴが足を止めた。「今日はここで休もう。」

村を出て二日が過ぎた。森の境界の原っぱを横切るのにこれほどかかるとは思わなかった。キルロイはこんなところまで来たことがなかった。

野営のため、朴葉を集めながら村のことを考えていた。一人で生活できるまで養ってくれたゾーリのことを思って、半ば自分から旅を志願したのだが、いまさらながら心細さがひしひしと募ってきた。包みの中から菌核を出した。霧の水分をよく含むように。

いよいよ霧がイチジクの汁のように濃くなるのを見ながら、キルロイは眠りに落ちた。オルゴが「・・・おかしい・・」と呟くのを聴きながら・・・

翌朝、菌核から生えた真白茸をオルゴと分けあって食べた。歯切れのよい食感がキルロイは大好きだった。

朝食後、オルゴが言った「昨日の霧は魔霧だった。本来の森の位置が変わってしまったのだよ、キルロイ」と続けた。「と、言うと?」キルロイが周りを見回した。「どう行けば、良いかが現時点では皆目わからん。」オルゴが続けた。「まあすっかりシャッフルされているわけでも無かろう。森に入り、方向を見定めるしかあるまい。」キルロイは菌核に水をかけ、包みにしまって立ち上がった。

草原の端にやっと到着し、二人は用心しながら最初の森に入っていった。

不思議な森だった。森はどこでも静かなものだが、この森は静かすぎた。鳥も鳴かず、虫の声も無い。

オルゴが急に立ち止まり、来たほうを振り返ってキルロイにささやいた。「まずい、禁忌の森だ。」

「禁忌の森?」キルロイはささやき返した。「そうだ禁忌の森だ。静けさを愛する傲慢な女王が居て、すべてが黙っているのだ。大きな音を出すと女王の機嫌を損ねる。森の位相が変わってしまったので、ここを静かに通り過ぎるしかあるまい。」

二人は草を踏む音にも気を使いながら、歩みを進めた。心をトクサでこするような思いで半日が過ぎた。

森の中央あたりと思われるふさふさの苔が覆った切り株の下に来た時、オルゴが枯れ枝を踏みつけた。パキッ、森に音が響いた。

オルゴが「すまない」とささやいたとたん、苔の切り株の上から声が聞こえた。「静寂を破ったのはお前たちか」そこには美しいが傲慢そうな妖精が立っていた。そして彼女の足元の苔の中から、小さな子虫の妖精がもぞもぞと6体出てきた。「ママ、ママ・・・」と口々に女王にまとわりついている。「申し訳ございません女王様。すぐに立ち去り・・」とオルゴが良い終わらぬうちに、「さあ子供たち、この騒がしい侵入者を食べておしまい‼」

子虫たちが女王の言葉を受け、こちらにゆるると歩み出した。「騒がしい、騒がしい」子虫が口々に言っている。

とっさにキルロイはひざまずき「お待ちを! 女王様。」と叫んだ。「我らを食されますと、きっと後悔されますでしょう」

オルゴもそれに倣った。

「なぜだ。申してみよ。やせっぽちのゴブリン」

「おそれながら、我らを食されては御身とお子の健康を害されます。」キルロイはつづけた。「我らをよくご覧ください。年老いた病身のゴブリンと、奇形のゴブリンでございます。」

「よく見れば、そのほうはゴブリンにしては背が高く、手は短いようだが・・・」女王が言った。「如何なることか?」

「われらは人間の世界と隣の端っこ村から来ました。人の病に侵されております。」

「なんとおぞましい‼ 人の病と言うか」女王はのけぞった。「こわい、こわい」子虫がざわつく。

「はい 治療のため旅をしております。」キルロイが言った。

「うつりませんが、毒がございます。美しい女王様の容色にも障りがございましょう。」

「更に申せば、私はお子たちに差し上げるものがございます。」キルロイはそう言って、荷を解き菌核を取り出した。「真白茸の菌核でございます。水をかければ、滋養豊かなキノコが毎日手に入ります。」

「真白茸、真白茸。ママ、美味しいもの。欲しい、欲しいよ 」子虫たちは女王を見上げ、騒ぎだした。

「真白茸とは、うれしい。この森では採れぬゆえ」女王は嬉しさを抑えきれぬようすだ。「それを我らに貢いでくれるというのか。感心である。」女王は、機嫌を直したようだった。

「はい、とても美味しいものです」とキルロイ。「美味しい!美味しい!食べたい。食べたい。」と子虫たち。

「ならば、通ってよい。なるべく静かにな。」女王が言った。

「はい。ありがとうございます。速やかに立ち去りますゆえ、ご容赦くださいませ。」キルロイが話すのをオルゴがあきれたように見ていた。

女王と子供たちと別れ、黙ったまま二人は森の端まで歩いた。やがて次の草原が見え、森から出ることが出来た。二人はその場に座り込み大きく息をついた。菌核は失ったが、命は拾った。

「女王と子供はなんであんなに似てないんだろう。」キルロイがオルゴに言った。

「女王は、多分ゴキブリのダークエルフなのさ。強い魔力で自分を美しく擬態しているのだよ。」オルゴはキルロイの肩をぽんと叩いて言った。「よくあんな出まかせを・・・」そして二人で笑った。