折り紙と言う表現について

折り紙をしていない人の評価を大切にしよう。一般の人の評価は厳しい。

「これ、一枚の紙でできているんですか!凄い」なんて評価もあるでしょうが、苦労して作った作品が「何か分からない。」とか「この部分が短くて変だよ」なんていわれることもあるでしょう。

そうしたとき、「折り紙だからこれが精いっぱいなんだよ」「何にも知らないくせに」なんて逆切れした経験があったりします。

我々(折り紙作品制作者)は、主に同好士で評論し合い、評価し、批判し合っています。それは、切磋琢磨の過程において必要不可欠であり、どんな芸術創作カテゴリーにおいても同様の作業が行われています。

しかし、もっともっと衆目にさらされて評価を受けてこそ、すぐれた作品なのではないか?

折り紙だから限界がある、折り紙にしては凄いなんて考えは、やめよう。

折り紙を芸術の一つのカテゴリーとするならば、大きくは平面、立体造形の中に含まれるのでしょう。

まず、しっかり鑑賞に堪える作品を作ろう。

折り紙作品だからという色眼鏡を外して、平面、立体造形としても素晴らしい作品を目指そう。

そうでなければ、僕にとって折り紙と言う表現方法は自己満足で終わりそうな気がします。

出来るはずである。ふう・・・こりゃ大変だ。

 

折り紙と言う表現について」への3件のフィードバック

  1. こちらではお久しぶりです。
    そして、こんにちは。

    最近、折り紙に脚光浴びせている番組が多くなったような気がするのは気のせいでしょうか。

    素直に凄いなとも思いますし、え、なんでわざわざその大きさ?って思うこともあります。

    千差万別意見はあると思います。
    形はどうであれ、今にも動き出しそうな、声を上げそうな、そんな命が宿っているような作品に惹かれます。
    巨大化するのは、多分皆が皆凄いと絶賛するものの1つだと思います。
    無駄にデカイだけにしか思えませんが....
    それは、さて置き、橋間さんの作品は動くのではないかと思うような、作品に感じるので、大衆受けに変わってしまわないことを祈るだけです。

    気味が悪い作品もありますが(苦笑)
    これからも活動を応援しております

    • mikaさん よくぞ いらしてくださいました。
      おほめ頂き 恐縮至極でございます。
      今後ともお引き立てのほど よろしくお願いいたします。

      よーし 気味の悪いものを 量産するぞー(笑)

      • (´・ω・`;)え
        何故そこで気味の悪いものを量産決定なのですかぁぁぁぁ

        しかも、商人w

        ではでは、返信有り難うございます。これからも橋間さんの独特の世界を楽しみにしてます

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