僕の大好きな折り紙作品⑤

北條高史さんの仏像2012年版「如如トシテ来リシ者」

1996年に発表された「仏像」の改良版として創作された作品ですが、前作も凄いのですが・・・なんというか前作は仏陀を形作った彫刻を作品としたもの、2012年版は仏陀という仏そのものを形作ったという感じを受けました。 いまにも動き出しそうな印象を受けます。台座の蓮の花びらさえユラユラと天空の薫風に揺らぎそうです。

その印象の源となっているのは、氏が改良された写実性の効果であろうと思います。

この作品を、じっくり見ると 顔の両側に細かい折り筋が幾重にもあります。如来とは悟りを開き、衆々をいつ何時でも救済することのできる存在です。釈迦は如来ですが、菩薩だった時期もありました(入滅以前の釈迦を釈迦菩薩として像を作ったりされたことがあります)。また記憶が定かではないのですが、顔が割れて中から仏の性が生まれる瞬間を写し取った仏像があったように思います。

氏の「如如トシテ来リシ者」はまさにその瞬間を写し取ったものではないか? あの顔の折り筋は如来への変化を表現したものではないか?

・・・・・・なんて考えたりしてしまいます。

すとんと蓮台に鎮座し、ほっそりとした仏のたたずまいは、悟りを開き煩悩の消えた真の姿の表現を目指されたのかもしれません。

僕は飛鳥寺の面長痩身の仏像を、想像しました。

この作品は折り紙による表現の一つの到達点であろうと僕は思います。

とにかく、すごい! 北條さん凄いです!

 

僕の大好きな折り紙作品④

兵士の群像制作は、順調に推移していま~す。

 

久しぶりに、僕の大好きな折り紙作品について自分勝手に語りたいと思います。

今回は、松井英里香さんの「映画女優」(折り紙探偵団マガジン136号表紙の作品、日本折り紙学会HPで確認できます)

この作品を初めて見た時、大げさではなく度肝を抜かれました。いや~参った・・・・・

幼少より折り紙を趣味として、創作をしている人の作品は見ればわかります。そこにはさまざまな基本形の複合があり、じっくり観察すると何となく作品の大まかな構造が見て取れるからです。

しかし、松井さんの映画女優をはじめとする作品群は、それがわかりませんでした。

それは、氏が芸術に造詣が深く、また良い意味で「折り紙の世界」に影響をあまり受けていないからではないかと思います

僕は「映画女優」という作品を見たとき、その題を見ずに「あっ、銀幕の女優みたいだ」と感じたのです。

しかも僕には、特定の女優のイメージががありました。それはマレーネ=デートリッヒというドイツ出身の映画女優。

氏に直接伺ったところ、特定の女優をモデルにはしてはいないとのことでしたが、僕にはまさにその強烈な印象があったのです。

氏の映画女優という作品にはキュビスム的な、デ=キリコ的な、あるいはプロレタリアアート的な、ファッションデザイナーの描いたラフスケッチのような雰囲気を感じます。

顔の造作も無く、衣装と体躯の区切りも判然とはしませんが、全体像としてまさに美しい映画女優を思い起こさせる素晴らしい作品であると思います。魅力あるカタマリとでもいいましょうか・・・(ロダンのバルザックなんかも魅力あるカタマリかな)

僕には絶対にできない,また大多数の折り紙創作家にも思いつくことができない作風を氏は手に入れられたのだと思います。

魅力的なカタマリ・・・この表現は、北條高史さんとのメールの中で、北條さんが創作表現の方法として書かれたものです。素敵な言葉なので気に入っています。